大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)11721号 判決

原告

時岡泰

ほか二名

被告

杉本運送株式会社

主文

被告は、原告時岡二郎に対し金一二五万九二五四円、同時岡泰に対し金三三万九五二九円、同佐藤フミに対し金三三万三〇五八円およびこれらに対する昭和四三年一〇月二〇日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告の、

各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告は、原告泰に対し三八九万七二九四円、同二郎に対し四二八万〇〇六六円、同フミに対し二二八万〇一〇四円およびこれらに対する昭和四三年一〇月二〇日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

訴外亡時岡フサエは、次の交通事故によつて死亡した。

(一)  発生時 昭和四三年九月一一日午前一〇時一五分項

(二)  発生地 石川県金沢市笠舞三丁目二〇番一二号先路上

(三)  加害者 小型貨物自動車(石川四あ四一六一号)

運転者 訴外 石川克憲

(四)  被害者 亡フサエ(歩行中)

(五)  態様 横断歩道上を横断歩行中の亡フサエに加害車が衝突。

(六)  亡フサエは、前同日午前一一時五〇分金沢大学付属病院で、脳挫滅のため死亡した。

二、(責任原因)

被告は、加害車を業務用に使用して自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により本件事故によつて生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

三、(損害)

(一)  葬儀費等

原告らは、亡フサエの事故死に伴い、次のとおりの出捐を余儀なくされた。

(1) 原告泰分 四万四七五〇円

葬儀参加および納骨等に要した交通費

(2) 原告二郎分 四二万七五二二円

葬儀法要費用および納骨に要した交通費等

(3) 原告フミ分 三万七五六〇円

葬儀参加および納骨等に要した交通費

(二)  亡フサエに生じた損害

(1) 逸失利益 一八九万七六三二円

亡フサエは、一家の主婦として家事労働に従事していたものであるか、その死亡による労働能力喪失による逸失利益は、次のとおり右金額と算定される。

(生年月日) 明治四一年一月二三日

(推定余命) 一八・九九年

(稼働可能年数) 八年

(収益) 基準月額四万〇九二七円

(毎月の純利益) 二万四〇〇〇円

(年五分の中間利息控除) ホフマン複式(年別)計算

(2) 仮に亡フサエの逸失利益が認められない場合には、原告二郎において、妻である亡フサエの家事労働の提供を受けられないことによつて蒙つた損害として右同額を請求する。

(3) 亡フサエの慰藉科 三〇〇万円

同女は、社会的に相当の地位ある家柄の出身であり、また銀行家として成功した夫の原告二郎と、その間の子である原告泰、同フミとの四人で幸福な家庭生活を営んでいたさなかに、突然、加害車無謀運転の犠牲となつたものであつて、その死亡による精神的苦痛を慰藉すべき額は、右金額が相当である。

(4) 相続

原告らは亡フサエの相続人の全部である。よつて、原告二郎はその生存配偶者として、原告泰、同フミはいずれも子として、それぞれ相続分に応じ同女の賠償請求権を相続した。その額は、原告ら三名において各一六三万二五四四円となる。

(三)  原告らの慰藉料 合計七五〇万円

原告二郎は昭和九年亡フサエと婚姻、銀行家あるいは文化人として相当な社会的地位にあり、また家庭生活においても長年にわたり亡フサエと協力して親密な家族関係を築きあげ、二人の子供の成長独立した現在、相並んで今後の老年を迎えようとしていた矢先に亡フサエの事故死にあつたもので、心の支えを奪われたと言つても過言ではない精神的打撃を受けた。また、原告泰は法務省民事局付検事の地位にあり、同フミは婚姻して一児の母となつていたものであるが、いずれも敬愛する母の死によつて著しい精神的苦痛を受けた。そして、これを慰藉するためには、原告泰、同二郎に対し各三〇〇万円、同フミに対し一五〇万円が相当である。

(四)  損害の填補

原告らは、強制保険金三〇〇万円の支払いを受けたから、各一〇〇万円宛、以上各損害に充当した。

(五)  弁護士費用 合計五五万円

以上により、被告に対して、原告泰は三六七万七二九四円、同二郎は四〇六万〇〇六六円、同フミは二一七万〇一〇四円の合計九九〇万七四六四円を請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士である本件原告訴訟代理人に訴訟提起を委任し、手数料として原告泰、同二郎において各四万円、同フミにおいて二万円の合計一〇万円を支払つたほか、成功報酬として原告泰、同二郎は各一八万円、同フミは九万円の合計四五万円を支払うことを約した。

四、(結論)

よつて、被告に対し、原告泰は三八九万七二九四円、同二郎は四二八万〇〇六六円、同フミは二二八万〇一〇四円およびこれらに対する訴状送達の翌日である昭和四三年一〇月二〇日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四、被告の事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一、二項の事実は認める。

第三項の事実は知らない。

二、(過失相殺)

本件事故は、横断歩道の約一〇米先にあるバス停留所を発車して時速約一五キロで進行するバスと、時速約四〇キロで走行中の加害車が、右横断歩道手前約六・五米の地点ですれ違つた直後、亡フサエが右バスの蔭から横断歩道上を小走りに加害車進路に飛び出して来たため、加害車運転の訴外石川はこれを発見して直ちに急制動の措置をとつたが及ばず加害車を亡フサエに衝突させた結果、発生したものである。

従つて、亡フサエにもバスの蔭になつている対向車に注意せず車の直後を横断した過失があり、これも本件事故発生に寄与しているから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

第五、抗弁事実に対する原告らの認否

被告主張の抗弁事実を否認する。

第六、〔証拠関係略〕

理由

一、(事故の発生および責任原因)

請求原因第一、二項の事実は当事者間に争いがないから、被告は自賠法三条により、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

二、(過失相殺)

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は、法島町方面から石引一丁目方面に通ずるセンターライン標示のある幅員約七・五米の歩車道の区別のない直線道路(以下、本件道路という。)であつて、右道路の石引一丁目方面に向つて右側から三国新町方面に通ずる幅員約四・一米の歩車道の区別のない道路がT字型に交差し、右交差点の石引一丁目寄りの本件道路上には、ゼブラ模様の印された幅員五米の横断歩道が設けられている。

(2)  事故現場付近は住宅街であり、本件道路の石引一丁目方面に向つて横断歩道のある部分の右手にはスーパーマーケツト、その一〇米足らず先には北鉄バスの停留所があり、また左手には笠舞アパートがあり、右横断歩道はそのまま右アパートへの通路につながつている。

(3)  亡フサエは、事故当時、右横断歩道のスーパーマーケツト側の端に立つて本件道路を法島町方面に向けて時速約一五キロで進行する北鉄バス一台をやり過し、その通り過ぎた直後、右バスに約二〇米の車間距離を置いて同じくらいの速度で後続するトラツクの前を、笠舞アパート方向に向つて右横断歩道上を横断し始めた。

(4)  訴外石川は、本件道路を石引一丁目方面に向けて加害車を時速約四〇キロで運転して本件事故現場に差しかかり、前記交差点内で右北鉄バスとすれ違つた直後、亡フサエがバスの蔭から横断歩道上をわずかにセンターラインを越えた地点まで横断して来ていたのを約八米先に発見、急制動の措置をとつたが及ばず、加害車右前部を同女に衝突させ、さらに約一〇米進行したところで四条のスリツプ痕を残して停止した。

以上の事実が認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

してみると、訴外石川には、加害車を運転して住宅街における幅員のさほどない道路上の横断歩道を通過するに際し、予め前方を注視してその両端ことに右端の歩行者の有無を確めることなく、また右横断歩道に接近しては対向車のためその全体が見通せない状態であつたにも拘わらず、減速徐行することなく、時速四〇キロのまま進行した過失が認められるが、一方、亡フサエにも、道路を横断するにつき、左方からの車に対する注意を欠いたまま、しかも右方からの車の直後を横断し、ために左方からの車に気付かずにセンターラインを越えてその進路に踏み出した過失が認められ、その過失割合は、訴外石川の九に対して亡フサエの一と評価するのが相当である。

三、(損害)

(一)  葬儀費用等

(1)  原告二郎分 二七万円

〔証拠略〕によれば、原告二郎は、亡フサエの葬儀関係費用として合計三七万〇〇二二円および病院における処置料五〇〇円を支出したほか、昭和四四年一月には納骨のため菩提寺のある佐渡相川へ赴き、金沢から同地までの交通費として八五〇〇円を支出し、総計三七万九〇二二円を要したことが認められるが、葬儀関係費用として本件事故と相当因果関係ある損害としてはうち三〇万円程度をもつて相当というべきところ、亡フサエの前記過失を斟酌すると賠償額として右金額が相当である。

なお、主張金額中、香典返しとその趣旨で行われたと認められる交通安全協会への寄付金合計三万七五〇〇円については、いずれも香典の見返りとしてなされるもの、あるいは会葬者の好意に対する謝礼の意味でなされるものであるから、いずれもこれをもつて本件事故に基づく損害とは認め難い。

(2)  原告泰分 四万〇二七五円

同フミ分 三万三八〇四円

〔証拠略〕によれば、原告泰、同フミは亡フサエの事故死に遭いその葬儀のために、原告泰は妻子と共に同フミは夫と共にそれぞれ東京から金沢にかけつけ、更に納骨時にはともに東京から佐渡相川の菩提寺に赴いて、その往復の交通費として原告泰は四万四七五〇円、同フミは三万七五六〇円を各支出したことが認められ、これらは本件事故に基く損害と解されるところ、亡フサエの前記過失を斟酌するとそのうち賠償額は各原告につきそれぞれ右金額が相当である。

(二)  亡フサエの損害

(1)  逸失利益 一七〇万七七六四円

〔証拠略〕によると、亡フサエは明治四一年一月二三日生れの女性であり、昭和九年原告二郎と婚姻後主として家事労働に従事していた主婦であり、事故当時は六〇才であつたこと、原告二郎は、同女の死後家事労働の担い手を失い、家事処理のため家政婦を傭つて毎日一日一〇〇〇円の割合で給与を支払つていたこと、昭和四四年五月二〇日には上京して長男である原告泰と同居しているが、同原告の妻が病弱のため引続き身辺の世話や家事処理のため隔日出勤の家政婦を傭つて一日一五〇〇円ないし一八〇〇円の支出を余儀なくされていることが認められるから、亡フサエが本件事故によつて喪失した労働能力は、その純益分について右代替労働の対価と比較して、原告主張の月額二万四〇〇〇円を下らないものと評価するのが相当である。

そして、同女はなお八年間にわたつて右同様の労働能力を有するものと認めるのが相当であるから、同女の死亡による逸失利益の現価は、複式(年別)ホフマン法により年五分の中間利息を控除すると一八九万七五一六円と算定されるところ、前記過失を斟酌すると賠償額として右金額が相当である。

(2)  相続

〔証拠略〕によれば、原告二郎は夫として、同泰、同フミは子として亡フサエの相続人の全部であることが認められるから、亡フサエの右請求権を法定相続分に応じて三分の一の五六万九二五四円宛相続したものといえる。

(3)  原告らは、亡フサエに自身の死亡による慰藉料請求権が発生し、原告らにおいてこれを相続した旨主張するが、民法七〇九条ないし七一一条の解釈上死者本人に自身の死亡による慰藉料請求権が発生帰属するとの解釈はとりえず、被害者が死亡した場合にはもつぱら遺族固有の慰藉料のみを認め、その額の適正をはかれば足りるものと解すべきであるから、右主張は採用できない。

(三)  原告らの慰藉料

以上認定の事実ことに本件事故態様と結果、前記過失割合等諸般の事情を考慮すると、妻であり、母である亡フサエを失つた原告ら各人の精神的苦痛を慰藉すべき金額としては、原告二郎につき一三〇万円、同泰、同フミにつき各七〇万円をもつて相当と認められる。

(四)  損害の填補

原告ら各人の以上損害額は、原告二郎において二一三万九二五四円、同泰において一三〇万九五二九円同フミにおいて一三〇万三〇五八円となるところ、原告らが本件事故により強制保険金三〇〇万円を各一〇〇万円宛受領したことはその自陳するところであるから、これを原告らの右損害に充当する。

(五)  弁護士費用 合計一八万円

以上のとおり、被告に対して、原告二郎は一一三万九二五四円、同泰は三〇万九五二九円、同フミは三〇万三〇五八円の各請求をなしうるところ、〔証拠略〕によれば、被告は任意の弁済に応じないため、原告らは本件原告訴訟代理人に対して訴訟提起を委任し、手数料として原告二郎、同泰において各四万円、同フミにおいて二万円を支払つたほか、成功報酬として原告二郎、同泰は各一八万円、同フミは九万円の支払いを約したものと認められるが、本件事案の難易、前記請求認容額等本訴に現われた一切の事情を考慮すると、被告に負担させるべき費用としては原告二郎について一二万円、同泰、同フミについて各三万円とするのが相当である。

四、(結論)

よつて、被告に対する原告らの本訴請求は、原告二郎において、一二五万九二五四円、同泰において三三万九五二九円同フミにおいて三三万三〇五八円およびこれらに対する本件事故発生の日以後である昭和四三年一〇月二〇日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 浜崎恭生 鷺岡康雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例